東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7292号 判決 1974年7月22日
原告(反訴被告) ステーツ・スティームシップ・カンパニー
右日本における代表者 ラルフ・ジー・ウイルソン
右訴訟代理人弁護士 根本博美
同 川上弘
同 矢野保郎
被告(反訴原告) 丸和海運株式会社
右代表者代表取締役 平田喜一郎
右訴訟代理人弁護士 松井幹男
主文
原告(反訴被告)の本訴請求、被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、本訴状に貼用した印紙額は原告(反訴被告)の、反訴状に貼用した印紙額は被告(反訴原告)の各負担とし、その余は本訴、反訴を通じてこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。
事実
第一原告(反訴被告、以下単に原告という)の求める裁判
一 本訴請求の趣旨
「被告は原告に対し、七、三二一、八〇二円およびこれに対する昭和四四年五月一四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言。
二 反訴請求の趣旨に対する答弁
「反訴原告(被告、以下単に被告という)の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決
第二被告の求める裁判
一 本訴請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決。
二 反訴請求の趣旨
「原告は被告に対し、三、五六八、二八三円およびこれに対する昭和四四年五月一四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言。
第三A 本訴請求原因
一 当事者
原告は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市に本店を置き、海上運送を業とするアメリカ合衆国法人であって、東京都千代田区に営業所を設けているものであり、被告は神戸市に本店を置き、港湾運送事業法に基づく艀運送等を業とする株式会社である。
二 本件事故の発生
原告所有汽船アリゾナ号(以下本船ともいう)は、昭和四四年五月一三日神戸港摩耶埠頭N岸壁に左舷を接舷して貨物の積卸しを行なっていた。同日午後八時頃本船右舷側より原木を積取っていた被告所有木造艀船丸和二七号(以下単に丸和二七号という。)が、移動の際本船船尾方向へ流され、本船の船尾推進器(プロペラ)に衝突した。
三 被告の責任
本件事故は、被告の被用者たる左記の者らのいずれも業務執行中の過失により惹起されたものであるから、被告は民法七一五条にいう使用者として原告の被った後記損害を支払うべき義務を負う。
(一) 丸和二七号船頭の過失
一般に、港湾等において艀運送に従事し、このため艀を他船に横付けしたり他船の船側に沿って移動させようとする艀船頭は、かかる他船との接触に伴なう事故を防止するため充分な注意を払う義務を負っているが、とくに本件事故発生当時は本船の船首やや右手方向から船尾方向に向って可成りの強風が吹いており、本船船尾近くから艀を移動させようとする場合には、艀が強風のために本船の船尾方向に流されるなどして本船プロペラに衝突し、これを損傷する可能性が充分予見されるのであるから、右船頭は通常の作業以上に充分な注意を払い慎重な作業手段をとる義務があるというべきである。
1 本件事故発生当時の気象状況は、風向東北東、風速毎秒一〇メートル前後であった。まずかかる強風下に艀が安全に移動できるか否かは甚だ疑問であり、風が少し収まるまで一時移動を見合す等の慎重な配慮をなすべきであったにもかかわらず、丸和二七号船頭浜口住夫(以下単に船頭浜口という)はこれを怠り、本船六番船艙(ハッチ)から七番ハッチに漫然移動を開始した。
2(1) 丸和二七号の船首と本船とをつなぎ丸和二七号を本船に固定している係留ロープ(船首モヤイ索)は、丸和二七号が本船船尾方向、すなわち本船プロペラ方向へ押し流されるのを防ぐのに最も重要な、殆ど唯一の手段である。
ところで、丸和二七号は被告所有曳船第二和丸(以下単に曳船第二和丸という)に曳航して貰うことにより移動を行なおうとしていた、船頭浜口は前記の如き状況下においては、右船首モヤイ索は残しておき、まず丸和二七号の船尾と本船とをつなぐ船尾モヤイ索を放し、曳船第二和丸が曳航を開始し、その前進惰性が充分ついた後に始めて船首モヤイ索を放すべきであったにもかかわらず、船頭浜口はその手順を誤まり、六番ハッチにとどまっている間にまず船首モヤイ索の解放を本船甲板上の乗組員もしくは船内荷役作業員に依頼して、これを放さしめた。
(2) 右のとおり、本船とのモヤイ索の解放は極めて重要な操作であるから、本来艀船頭自身がこれを行なうべきものである仮に右操作を本船上の第三者に依頼せざるを得ない場合でも、艀船頭は依頼の趣旨を相手方へ疑問の余地なく明瞭に伝えることが不可欠であるにもかかわらず、船頭浜口はこれを怠り、船首もしくは船尾いずれのモヤイ索の解放を依頼するのか判然としない曖昧な方法で依頼し、本船上の乗組員もしくは船内荷役作業員に船首モヤイ索を放すべきものと理解させて、これを放さしめた。
3 仮に船首モヤイ索は係留されたままであったとしても、船頭浜口は丸和二七号備え付けのウィンチにより同モヤイ索を緩める際、その操作を誤まり必要以上に緩め過ぎて丸和二七号を不必要に大きく船尾方向へ後退させた。
4 仮に船頭浜口は船尾モヤイ索の解放を依頼したとしても、右の如き重要な操作後その依頼が確実に実行されたか否かを確認すべきにもかかわらず、同人はこれを怠った。
5 丸和二七号が本船六番ハッチより移動を開始する当時、丸和二七号のすぐ右方には広畑海運株式会社所属の艀二〇三号、さらにその右方に他の一隻の艀が密着して並列しており、右三隻は互にモヤイ索をとり合って固縛していた。したがって、船頭浜口が船首、船尾いずれのモヤイ索が放されたかを確認するまで右艀二〇三号との間のモヤイ索を放さなければ、たとえ丸和二七号の船首モヤイ索が放されたとしても、艀二〇三号が本船甲板上に係留していた船首モヤイ索により、本船船尾方向へ丸和二七号が流されることを阻止できたのである。前記の如き状況下においては当然右の如き慎重な手順をふむべきであったにもかかわらず、同人はこれを怠り移動開始前に漫然と艀二〇三号との間のモヤイ索を緩めていた。
6 丸和二七号の船首モヤイ索が放され、または緩め過ぎられた結果、同艀が本船船尾方向へ流され始めてからも、敏速的確な緊急措置、たとえば緩められていた隣の艀二〇三号との間のモヤイ索を緩め直す等の手段をとれば、本件事故の発生を回避できたにもかかわらず、船頭浜口はこれを怠り、何ら有効な措置を講じなかった。
(二) 曳船第二和丸船長の過失
他船の船側において貨物の積卸しを行なう艀の曳航に従事する曳船乗務員が、他船と艀との接触に伴なう事故を防止するため負う注意義務の内容は、基本的には前記艀船頭のそれと異なるところはない。
1 曳船第二和丸は九五馬力のエンジンしか搭載しておらず、当時の気象状況において原木を満載した丸和二七号を曳航するには明らかに出力不足であったから、丸和二七号からの曳航要請に対してはこれを拒絶し、より強力な出力を有する曳船を手配する等の措置を講ずべきであったにもかかわらず、曳船第二和丸船長山口善満(以下単に船長山口という)は漫然と曳航を引き受けた。
2 曳航開始に先立ち、船長山口は丸和二七号船頭と曳航の手順および隣の艀との連繋動作(艀相互間のモヤイ索の着脱等)についても充分協議を重ね、さらに丸和二七号の船尾モヤイ索解放の指示およびその確認をなすべき立場にありながら船長山口はこれらすべてを怠り漫然曳航を開始した。
(三) 被告艀運航担当者の過失
本件事故当日は早朝より強風が吹いており、本件事故の如き事故の発生は充分予測されたのであるから、被告の艀運航に関する担当責任者は艀や曳船に各一名の船頭もしくは船長を乗務せしめるのみでなく、これにたとえば「艀廻し」等の助手を派遣して、艀移動の安全性を図るべき義務があったにもかかわらず、これを怠り平常時のまま放置した。
四 損害≪省略≫
五 結論
よって、原告は被告に対し右損害額合計七、三二一、八〇二円およびこれに対する本件事故発生の翌日たる昭和四四年五月一四日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
なお、原告は当初請求金額を日本国通貨と併せてアメリカ合衆国ドルにより表示したが(一ドル三六〇円の為替相場による)右は本件事故発生時に既に確定していた日本国通貨による客観的損害額算出上の便宜的手段に過ぎなかったのであるから、その後の為替相場変動の影響を受ける性質のものでないことは言うまでもない。
B 本訴請求原因に対する答弁
一 本訴請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実は認める。
三(一)1 同三(一)(1)のうち、船頭浜口が被告の従業員であること、本件事故発生当時の気象状況および丸和二七号が移動を開始したことは認めるが、その余は争う。
丸和二七号の移動は、船頭浜口の独断によるのではなく、本船側の荷役計画変更による指示に基づくものである。一般に貨物の積卸し等の荷役は、船内荷役計画に基づく本船側の一方的方針により進められるから、船内荷役計画を関知しない艀側は完全に本船側の指図下にあり、本船側の移動指示を拒絶することは事実上不可能である。
2(1) 同三(一)2(1)のうち、丸和二七号が被告所有曳船第二和丸に曳航して貰う予定であったことは認めるが、その余は否認する。
船頭浜口は、本船甲板上の船内荷役作業員(もしくは本船乗務員)に対して船尾モヤイ索の解放を依頼したにもかかわらず、右の者がこれを聞き違え、船首モヤイ索を放したのである。
(2) 同三(一)2(2)は否認する。
船頭浜口は、右の依頼を口頭による他、右手を挙げながらの合図にもよっているから、依頼の趣旨は極めて明瞭であった。
3 同三(一)3は否認する。
4 同三(一)4は否認する。
仮に確認を怠ったとしても、丸和二七号は船首モヤイ索を放された直後に本船プロペラと衝突したのであるから、確認の有無は本件事故の発生と因果関係がない。
5 同三(一)5のうち、本件事故発生丸和二七号の右方に原告主張の艀二隻が並列接舷していたことは認めるが、その余は否認する。丸和二七号と艀二〇三号とは、遅くとも本船七番ハッチに後退するまでは相互にモヤイ索をとり合って固縛していた。丸和二七号は同所まで後退後このモヤイ索をゆるめたのである。
6 同三(一)6は否認する。
もっとも、前記のとおり、船首モヤイ索が放された後、本船プロペラに衝突するに至るまでの時間は殆んど瞬時に等しかったのであるから、いずれにしても本件事故の発生は不可避であった。
(二)1 同三(二)1のうち、船長山口が被告の従業員であることおよび曳船第二和丸のエンジンが出力九五馬力であることは認めるが、その余は争う。
曳船第二和丸は、神戸港における艀曳航用曳船としては強力な出力を有する方に属し、風速一〇ないし一五メートルの強風下でも二隻の鋼船艀を安全に曳航する能力を有した。同船が本件事故の際丸和二七号を曳航できなかったのは、曳船第二和丸の前進惰力がつく前に丸和二七号が後退したこと、丸和二七号の船尾モヤイ索が解放されなかったことおよび右方にいた他の艀二隻が丸和二七号を右前方より圧し、その進路を塞ぐ態勢となっていたことからである。
2 同三(二)2は否認する。
(三) 同三(三)は否認する。
なお、「艀廻し」とは、艀の運航を計画、指図する者であり、艀船頭および曳船船長の助手ではない。
四(一) 同四(一)のうち、アリゾナ号のプロペラが本件事故により曲損、破損等の損傷を受けたことは認めるが、翼数および損傷の程度は不知。
なお、右損傷中、破損はプロペラの製造過程において生じたプロホール(鋳巣)に基因するものである。正常な材質のプロペラであれば曲損程度で済んだ筈である。
(二) 同四(二)1ないし9はすべて不知。
なお、原告主張程度の損傷は、船舶の運航には何ら支障はなく、定期船舶検査時に修理するのが通例である。本件事故によるプロペラ修理のためにのみ入渠修理することは経済性を無視したものであるから、原告出捐費用は本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害とはいえない。
五 同五は争う。
なお、原告は訴状においてアメリカ合衆国ドルによる賠償額の支払いを請求していたが、その後これを一ドル三六〇円の為替相場により換算した日本国通貨による請求に改めた。しかし、本訴進行中に、周知の如く円のドルに対する為替相場の切り上げが行なわれ、現在右相場は一ドル二六五円を中心として変動している。したがって、日本国通貨換算の基準日は、本件口頭弁論終結の日とし、右の日における為替相場によるべきである。
C 抗弁
仮に被告が使用者責任を負うとしても、後記反訴請求原因記載のとおり、原告被用者側にも重大な過失が多々あり、本件事故発生の一因をなしているから、右各過失は損害賠償額の算定上斟酌さるべきである。
D 抗弁に対する答弁
反訴請求原因に対する答弁を援用する。
第四A 反訴請求原因
一 当事者
本訴請求原因(第三A一)記載のとおり。
二 本件事故の発生
本訴請求原因(第三A二)記載のとおり。
三 原告の責任
本件事故は、原告の被用者たる船内荷役作業員もしくは本船乗組員の業務執行中の左記過失により惹起されたものであるから、原告は民法七一五条にいう使用者として、被告の被った後記損害を賠償すべき義務を負う。
(一) 本船側の丸和二七号に対する移動指示についての過失
本訴請求原因記載のとおり、本件事故当時神戸港一帯には本船および丸和二七号の右舷斜め前方にあたる東北東方向より風速一〇メートル前後の強風が吹いており、本船右舷側に係留している艀は本船に圧流される状態になり易く、艀の位置の保持や場所の移動は極めて困難な状況であった。ところで、本船からの艀取り作業は、本船船長もしくはその指揮監督下にある船内荷役作業員(現実には、その総監督であるフォアマン)が艀船頭に対し、本船への接舷、離舷或いは場所の移動等を指示し、艀船頭はこれらの指示には絶対的に従わなければならない。したがって、右船内荷役作業員(もしくは本船乗組員)は、とくに前記状況下においては、単に本船側の荷役の便宜のみでなく艀の安全についても充分配慮すべき義務を負っているにもかかわらず、右配慮を怠り丸和二七号に対し漫然場所の移動を指示した。
なお、船内荷役業者(いわゆるステベドア)は運送人たる原告の履行補助者として、本船船長又は一等航海士の指図を受けて、本船上の揚貨装置その他の諸機器を使用して海上物品運送という一連の作業の末端に位置付けられた船内荷役作業に従事しているのであるから、原告と船内荷役業者との関係が請負であろうと否とを問わず本船船長の指揮監督下にあるというべく、原告はステベドア、したがって船内荷役作業員に対しても実質的に使用者の関係にあると解すべきである。
(二) 本船側の丸和二七号の船首モヤイ索の解放についての過失
丸和二七号は、本件事故当日午後三時三〇分頃本船七番ハッチ(本船の最後尾ハッチ)の右舷側に横付けして原木一五〇本を積取り、引き続き午後七時頃六番ハッチへ移動して原木五六本を積取り、なお積取り予定の原木五〇本余を残していたが、本船側の荷役計画変更により一時荷役を中断して他の艀に丸和二七号の位置を譲るべく、他所への移動を本船側より指示された。そこで、船頭浜口は、荷役再開まで、五番ハッチに横付けしていた他の艀二隻の外側に並んで係留し待機することとし、右場所への移動のため、折から付近に居合せた曳船第二和丸に曳航して貰うこととなったが、右五番および六番ハッチに係留中の艀間の距離は狭く、曳船第二和丸の入る余地がなかったので、この間隙を作るため、まず六番ハッチに係留中の丸和二七号を含む三隻の艀は、それぞれ本船との間に係留してある船首モヤイ索を緩めて一旦七番ハッチまで後退した。しかる後、曳船第二和丸は直ちに六番ハッチ右舷側の中間に進入し、丸和二七号から曳航用ロープをとり、曳き出しを開始し、他方船頭浜口は丸和二七号の船尾甲板上より本船側に対し丸和二七号の船尾モヤイ索を放すよう依頼した。
ところで、前記のとおり当時は本船に横付けしている艀の船首右斜め前方より強風が吹いており、しかも右の如き曳船による艀の曳き出しが行なわれようとしていたのであるから、このような場合にはまず風下側の船尾モヤイ索を放し、曳船の前進惰性がついてから風上側の船首モヤイ索を放すべきことは常道であり、このことは本船甲板上の船内荷役作業員もしくは本船乗組員も充分承知していた筈である。
しかるに、本船甲板上の右の者は、船頭浜口からの船尾モヤイ索解放の依頼を漫然聞き流したか、聞き違えたかの不注意により船首モヤイ索を放したのである。
(三) 本船側の本船プロペラの回転についての過失
1 船舶は碇泊中機関を停止し、したがってプロペラの回転も停止していることが常態である。しかるに、本件事故発生当時、本船はプロペラを回転させていた。右プロペラが回転していたため、丸和二七号はプロペラに衝突後、鋭利なプロペラの先端およびその回転力により船底を断ち切られ、さらに左舷側に持ち上げられ右側に傾斜して横転水没したのである。このことは丸和二七号の損傷が船底から左舷側に廻って発生していること損傷がプロペラの回転方向にめくれていること、プロペラの翼の切損が回転方向に生じていること、プロペラが船体にくいこんでいたことから明らかである。
もっとも、アリゾナ号は蒸気タービン推進機関を備えた汽船であり、かかる蒸気タービン船は碇泊中も機関停止に伴うその急激な冷却、機関始動に伴うその急激な加温による機関各部の不同膨脹からこれを保護するために冷機、暖機と称する低速プロペラ回転(ターニング)をする場合もあるが、これとても機関停止後もしくは機関始動前精々数時間をもって足りるのであり、それ以上の時間をかける必要は全くない。アリゾナ号は、五月一三日午前九時五〇分頃N岸壁に着岸して荷役を開始し、荷役終了後の五月一四日午後一〇時四五分同岸壁を離岸して出港しているから、仮に冷機の必要があったとしても、遅くとも着岸後五時間を経過した五月一三日午後三時頃にはプロペラ回転の必要性は消滅している筈である。本件事故は、それから更に五時間後に発生している。
碇泊中のプロペラ回転が危険なことは言うまでもなく、とくに本件においては強風下、しかも本船船尾付近で艀が多数荷役をしていたのであるから、プロペラを停止させておくべきことは当然である。
しかるに、本船機関部員は、艀の保安を顧慮することを怠り、漫然プロペラを回転させていたものである。しかも、本件事故発生時における本船のプロペラ回転は、丸和二七号および本船プロペラの損傷状態からみて、前記ターニングより一層高速回転であるオートスピニング(暖機又は冷機のため、ターニング・モーターとの連結を切って、タービンに蒸気を吹きこみ回転させるもの、一分間五、六回の回転数である)、もしくはトライエンジン(出航直前に試みるところの、短時間蒸気を吹きこむ試運転で一分間二〇ないし三〇回の回転である。)であった可能性が強い。しかりとすれば、右機関部員の過失はより重大といわなければならない。
2 仮に本件事故発生当時プロペラ回転の必要性が存したとしても、前記のとおり艀荷役中のプロペラ回転は極めて危険であるから、本船船長もしくは一等航海士は本船船尾付近に警戒員を常置させ、同警戒員をして艀のような小型船が本船船尾付近に接近しないよう注意を喚起せしめ、また他船がプロペラに接近したときは直ちに機関部へ通報してプロペラの回転を停止させる等事故防止の措置をとるべきであったにもかかわらず、これを怠り警戒員を配置しなかった。
3 仮に警戒員が配置されていたとしても、同警戒員は丸和二七号が七番ハッチより更に本船船尾方向へ流されるのを当然目撃していた筈であるが、このような場合は直ちに機関室へ連絡してプロペラ回転を停止させる義務があったにもかかわらず、これを怠ったためプロペラが停止されたのは衝突後一分間余も経過した後であった。
4 仮に警戒員からの連絡がなかったとしても、丸和二七号の如き三〇〇トンもの最大積載重量を有する大型艀が回転中のプロペラに接触すれば、ターニングの場合は遮断器の作動、過電流継電器の赤ランプ点滅、ブザーの吹鳴等、オートスピニングもしくはトライエンジンの場合は主機関の異常音、回転計指針の変化等により、いずれも機関室内において事故の発生を直ちに容易に察知できた筈であり、右時点で速やかにプロペラを停止させていれば丸和二七号の損傷および水没は阻止できたのである。しかるに、本件の場合、機関室見廻り員が不在であったか、或いは在室しても不注意により右各諸機器の変調に気付かなかったかの過失により、前記のとおりプロペラの停止は著しく遅れたのである。
四 損害≪省略≫
五 結論
よって、被告は原告に対し、右損害額合計三、五六八、二八三円およびこれに対する本件事故発生の翌日たる昭和四四年五月一四日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
B 反訴請求原因に対する答弁
一 反訴請求原因一、の事実は認める。
二 同二の事実は認める。
三(一) 同三(一)のうち、本件事故当時の気象状況は認めるが、船内荷役作業員およびステベドアが本船側の指揮監督下にあることは否認する。その余は不知。
本件において、ステベドアにあたるのは、原告と船内荷役(ステベドアリング)契約(請負契約)を締結していた三井倉庫株式会社(いわゆるランディングエージェント、以下三井倉庫という。)である。同社は、船内荷役作業については、更に上栄運輸株式会社(以下上栄運輸という。)に下請けさせていた。船内荷役は豊富な技術、経験および労働力を要し、本船船長等乗組員が到底干渉しうるものではなく、したがって原告は三井倉庫に対し前記請負契約において全く対等の関係にあり、これを指揮監督する関係にはない。なお、仮にステベドアが運送人たる原告の履行補助者であるとしても、履行補助者のすべてが債務者本人の指揮監督をうけるものではなく、右のとおり債務者本人と独立対等の関係にある履行補助者も存在する。したがって、本件において仮に上栄運輸の作業員に何らかの過失があったとした場合、三井倉庫がその使用者として被告に対し責任を負う余地はあるとしても、原告は三井倉庫、上栄運輸ならびにその従業員に対し指揮監督をするものではないから、原告は使用者責任を負わない。
(二) 同三(二)のうち、丸和二七号の船首モヤイ索が放されたことおよび丸和二七号の右方に他の艀二隻が並列係留していたことは認めるが、船頭浜口が丸和二七号を七番ハッチまで後退させた後に船尾モヤイ索解放を依頼したことは否認する。その余は不知。
船頭浜口は、既に六番ハッチから後退する以前に船首モヤイ索の解放を依頼していた。
(三)1 同三(三)1のうち、本件事故発生当事本船がプロペラを回転(ターニング)していたこと、本船が蒸気タービン船であること、本船の着岸、出航時間は認めるが、右プロペラ回転がオートスピニングもしくはトライエンジンであったことおよび丸和二七号がプロペラ回転により損傷を受けたことは否認する。その余は不知。
本件事故発生時における本船プロペラの回転は、被告主張のような暖機もしくは冷機の目的に基づくターニング(ジャッキング・ギャと称する電動の主機回転装置により回転させる)であり、オートスピニングまたはトライエンジンではない。けだし、オートスピニングは、最近の新型タービンのみ行ないうるもので、本船のタービンは一九五七年製の旧型に属し、オートスピニングは行ないえないのであり、またトライエンジンは出港直前に行なうものだからである。ところで、暖機もしくは冷機の目的に基づくターニングは、最低五時間ないし八時間を要するのみならず、本船の如く途中寄港の船舶は、荷役の遅速により出港時刻が不確定であり、その他天候の急変、港湾当局の要請等の緊急事態により何時でも出港可能な態勢を保持しておかなければならないので、碇泊中継続して暖機のためのターニングを行なう場合も少なくないのである。
また、ターニングによるプロペラ回転速度は、被告も認めるように極めて低速(本船の場合は一〇分間に一回転、プロペラ最外線で時速一二六メートル)であり、丸和二七号が衝突して来る速度に比較すれば、実際上停止しているプロペラと同視できる程度であるから、第三者に対してとくに危険というものではない。丸和二七号の受けた損傷がその船底中央部から左舷下方につづき、プロペラは全部船底左側におさまっていることからみれば、この損傷は丸和二七号とプロペラの衝突に基づく衝撃自体により生じたものであり、プロペラの回転力によるものではないことが明白である。
したがって、被告のプロペラ回転に関する主張は、その前提を欠きすべて理由がないというべきである。
2 同三(三)2は否認する。
本件事故当時、本船船尾には警戒員が配置されており、また本船船尾プロペラ上方には明瞭なプロペラ注意信号が降りていた。
3 同三(三)3は否認する。
警戒員は、速やかにプロペラ回転を停止するよう機関部へ通報した。
4 同三(三)4は否認する。
蒸気タービン船の機関室は火気を使用する関係上、他の貨物船艙から厳重に遮蔽されているうえ、暖機中の発電装置より発する騒音は極めて大きく、艀がプロペラに接触した程度の外部の異常を察知することは不可能である。また、被告主張の遮断器或いは過電流継電器の作動も、果して丸和二七号程度の艀が接触した位の過負荷により生ずるかどうかは疑問である。
四 同四(一)および(二)はすべて不知。
五 同五は争う。
第五証拠関係≪省略≫
理由
一 争いない事実
原告が海上運送を業とするアメリカ合衆国法人であり、被告が艀運送等を業とする株式会社であること、被告所有の艀船丸和二七号は昭和四四年五月一三日、当時神戸港摩耶埠頭N岸壁に左舷を接舷して貨物の積卸しをしていた原告所有汽船アリゾナ号(本船)右舷側より原木を積取っていたが、移動の際本船船尾方向へ流され、本船船尾プロペラに衝突したこと等本訴および反訴請求原因(第三A、第四A)各一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 本件事故発生に至る経緯
(一) 争点判断の前提として、事故発生に至る経過の概要を認定する。
前記争いのない事実と、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。
「1 本船は、昭和四四年五月一三日午前九時五〇分前記摩耶埠頭第三突堤N岸壁に着岸し、直ちに貨物の積卸作業を開始した。丸和二七号は、株式会社大森回漕店扱いの原木を本船から艀取りするため、同日午前一〇時頃被告の従業員たる船頭浜口乗務の上、本船右舷側に回漕され、当初は本船五番船艙(ハッチ)で既に荷役作業に入っていた他の二隻の艀の外側に接舷したまま待機していたが、漸く午後三時三〇分頃に至り、本船側の指示に基づき、まず本船船尾に最も近い七番ハッチに横付けして本船甲板上より原木一五〇本を積取り、次いで七番ハッチの本船船首側に隣接する六番ハッチへ移り同様に原木の積取りを始めた。
2 丸和二七号は、自船の位置を固定するため、予じめ丸和二七号の船首と船尾各甲板上の係留装置(ビット)に備え付けてある本線との係留用ロープ(モヤイ索)二本を本船に渡し、本船甲板上のビットに係留してあったが、前記各ハッチ間の移動は、船尾側係留用ロープ(以下単に船尾モヤイ索という)を丸和二七号の船尾ウィンチで緩めると同時に、船首側係留用ロープ(以下単に船首モヤイ索という)を丸和二七号の船首ウィンチで捲き取ることにより前進し、右とそれぞれ逆の操作をすることにより後退する、という方法で行なわれた。
3 ところで、丸和二七号が六番ハッチに移って原木五六本を積取った時点で、船内荷役計画が変更され、本船側から丸和二七号に対し、丸和二七号への原木積卸を一時中断するから、他の艀の荷役を妨害しない場所で待機するよう指示があった。当時丸和二七号の右舷外側には既に広畑海運株式会社所属の艀二〇三号(以下単に艀二〇三号という)およびもう一隻の艀が並列し、隣接船同士互に、かつ本船との間にもモヤイ索をとりあいつつ、接舷して待機中であり、また本船船首側に隣接する五番ハッチにも二隻の艀が横付けしていたので、丸和二七号船頭浜口は、折良く付近にいた被告会社所属の曳船第二和丸に曳航して貰い、五番ハッチに横付けしている右二隻の艀の外側へ移動し、そこで接舷して待機しようと考え、右の事情を曳船第二和丸船長山口(被告従業員)および艀二〇三号船頭加藤鈴男に伝えた。これとともに、まず丸和二七号を曳航するのに曳船が進入してくる余地を空けるため、丸和二七号およびこれと並列接舷している前記二隻の艀が互いに協力してウィンチ操作によって、本船船尾に近い七番ハッチ付近へ後退を始め、そのあとへ第二和丸が進入して丸和二七号との間に曳航用のロープを繋ぎ並列していた艀と丸和二七号との間のロープを解いて曳航の準備をした。しかるに、その後まだ第二和丸が丸和二七号を曳航して全速で前進を開始する前に、丸和二七号と本船との間に係留されていた前記二本のモヤイ索のうち、船首モヤイ索が本船甲板上にいた船内荷役作業員によって放され(何人のどのような指示でこれが放されたかは、本件の最大の争点であり、後に項を改めて検討する)、丸和二七号は折から船首右斜の前方にあたる東北東方向より吹いていた風速毎秒約一〇メートルの強風のため、七番ハッチよりさらに本船船尾方向へ流され、本船プロペラに衝突するに至った。」
(二) 証人加藤鈴男の証言の信用性
なお、本件事故発生前、艀二〇三号(船頭加藤鈴男)が他の艀一隻とともに丸和二七号の右側に並列接舷して六番ハッチから七番ハッチへ後退するまでの行動を共にしたことは前認定のとおりである。右の経緯につき証人加藤鈴男は、「三隻くっついたまま下っていったが、そのうちに艀二〇三号と本船との間に係留されてあった船首モヤイ索がピンと張り、その後丸和二七号のみが本船船尾方向へ後退していった。」旨証言している。
右証言によると、丸和二七号の船首モヤイ索が六番ハッチより七番ハッチへ後退する前か、遅くとも途中に既に放されていたことになる(モヤイ索の緩めすぎのため丸和二七号が風に流され始めたとすれば、船頭浜口が更にそのモヤイ索を解くよう依頼したことになるが、このようなことは考えられないから、同証言にもとづき、船頭浜口が単にモヤイ索を緩めすぎていたという事態を想定する必要はない。)。
しかし、六番ハッチから七番ハッチへ後退するには船首モヤイ索を放す必要はなく、係留したままでこれを艀側のウィンチで緩め、一方船尾モヤイ索を捲取ることにより可能であることは前認定のとおりであり、丸和二七号も右の方法によって後退し、その後曳船第二和丸が入り、ロープを繋ぎ、並列する艀との間のロープを解いて本船とのモヤイ索の解放を依頼したとの証人浜口住夫の証言(証人浜口住夫の証言によれば、本船甲板上のモヤイ索係留装置である前記ビットにはウィンチが併設されておらず、したがって艀側からするように本船ではウィンチによりこれを伸縮させることはできないことが認められ、右事実と右浜口証言とを併せ考えると、≪証拠省略≫中の「本船ロープが弛められました」との記載も、船首モヤイ索を丸和二七号側において緩めた趣旨と解することができる)と対比すると右加藤鈴男の証言をそのまま信用することはできない(同証人自らも、別の個所で「七番ハッチより下で丸和二七号のみが他の二隻から離れて流されて行った。」と前記証言を訂正するような証言をしている。)
加えて、もし同証人のいうとおりであるとすると、すでに丸和二七号の船首と本船との係留ロープは解放されていることになるから、曳船との連絡ロープが後退を喰い止めえなかった以上、丸和二七号が風に流されて後退するのを防ぐことができるのは、並列する艀二〇三号又は更に外側の艀との相互の係留ロープしかないはずであり、丸和二七号が単独で流されて後退を開始したのは並列する艀との係留ロープを解いた時点にならなければならない。ところが、証人浜口住夫の証言にはもとより、証人加藤鈴男の証言にも、右のような事態を推測させるような内容はなく、むしろ証人加藤鈴男は、「艀二〇三号が丸和二七号とのモヤイ索を離したのは、丸和二七号が傾いて沈みかけたときである。」と述べている位であるから、これらの点に照らすと右加藤の証言はむしろ疑問でロープ解放の手順については証人浜口住夫の証言が合理的で信用できる。
三 本訴、反訴共通の争点について
(一) 丸和二七号の移動および本船側の移動指示の当否(第三A三(一)1および第四A三(一))
本件事故当時、東北東から風速毎秒約一〇メートルの強風が吹いていたのであるから、艀が移動に際して風に流される危険があり、気象条件の良好な場合に比して、艀の船頭や曳船の船長らにいっそう慎重な注意が必要であることは原、被告のいうとおりであるが、だからといってこの気象状況下での艀の移動が常に事故につながるわけではもとよりなく、本船や他の艀との間の係留ロープの解放手順が誤りなく行なわれ、かつ曳船の曳航力が十分であれば、安全に移動しうるはずであるから、本件事故は係留ロープの解放手順に誤りがあったこと(何人の責に帰すべきか否かは次に判断する。)、もしくは曳船の曳航力が不足していたことのいずれか若しくはその双方が直接の原因であったといわなければならず、艀が移動を開始したこと自体は事故の遠因とはいえても、これ自体を本件事故と相当因果関係をもつ行為として丸和二七号側および本船側の過失を論ずるのは失当である。
(二) 船頭浜口の依頼内容(第三A三(一)2(1)(2)および第四A三(二))
1 船頭浜口が船首モヤイ索を放すよう依頼したとの原告主張の事実については、これを裏付ける直接証拠は存在しない。前認定のとおり、本件事故発生前に現実に放されたのが船首モヤイ索であった事実は、もし依頼の内容が船首モヤイ索の解放の趣旨であることがはっきりしなければ、依頼を受けた者が船首のモヤイ索を解くことは通常考えられない、という事情が存するなら船頭浜口の依頼が船首モヤイ索の解放であったことを推認させる極めて有力な間接事実となりうるが、本件においては被告はかえって依頼を受けた船内荷役作業員が、船尾のモヤイ索の解放を依頼した浜口の合図を聞き違えて船首のモヤイ索を放したと主張し、この点を含めて浜口の伝達方法、内容、依頼を受けた者の聞き違いないし誤認、誤解の有無が中心的争点であるから、現実の結果を把えて安易に心証を導くことは許されない。なお、≪証拠省略≫も、船首モヤイ索が放されたことを推認しうるに止まり、それ以上に船頭浜口が船首モヤイ索の解放を依頼したことまでを認めうるものではない。
2 船頭浜口の依頼方法が不明瞭であったとの原告主張事実についても直接の証拠はなく、逆に、浜口が船尾のモヤイ索の解放を依頼したとの被告主張事実については、証人浜口住夫の右主張に副う証言があるので、以下この証言の信憑性を中心として、更に浜口の依頼方法及び内容について、証拠の検討を進めることとする。
さて、証人浜口住夫は、本船甲板上の船内荷役作業員に対し、声で指示するとともに、手を振ったり、懐中電燈を振ったりして船尾モヤイ索の解放を依頼した旨繰り返し証言している。しかし、この証言にも、次に指摘するような疑問がある。
≪証拠省略≫によれば、丸和二七号の船体の長さは二四メートル、丸和二七号の甲板から本船甲板までの高さは五ないし七メートル程度あること、丸和二七号の船首モヤイ索は本船五番ハッチと六番ハッチの中間附近ビット、船尾モヤイ索は本船船尾付近のビットにそれぞれ係留されていたこと、船頭浜口がモヤイ索の解放を依頼した際、同人は丸和二七号の船尾居住区付近におり、本船船尾付近には人影が見られず、依頼を受けた本船甲板上の船内荷役作業員は船首モヤイ索を係留したビット付近にいたこと、このとき長さ五〇メートルの船首モヤイ索は殆ど全部引き出されて使用されていたことが認められる。したがって、船頭浜口と本船甲板上の作業員との間には四~五〇メートルもの距離があったことになり、船頭浜口がモヤイ索の解放を依頼するのに、夜間、しかも可成り強風の風下にあたる距離の遠い船尾から行なうというのはかなり不自然であるように思われる。或いは、放さるべき船尾モヤイ索の収納を速やかに行なう必要性があったのではないかとも一応考えられるが、右認定のとおり船頭浜口の依頼を受けた船内荷役作業員は丸和二七号の船首部分よりさらに本船船首方向寄りの五番ハッチと六番ハッチの中間付近にいたのであるから、船頭浜口はまず船首に立ってモヤイ索解放を依頼し、右作業員が船尾モヤイ索解放のため本船船尾に赴く間に、船頭浜口は充分な時間的余裕をもって丸和二七号の船尾へ到達しうるのであり、右必要性の存在にも疑問がある。
のみならず、船頭浜口が船尾モヤイ索の解放を依頼したのに船首モヤイ索が解放されたとすれば、右の事実は本件事故の原因として同人にとっても強く印象に残る重大な事柄であったはずであるし、ひいて同人の責任の有無にも影響してくるから、同人として最も強調していいはずの事実であると考えられるが、本件事故直後に同人の作成した本件事故報告書たる前記乙第一号証の一中にこの点に関する記載が全く見当らず、本件訴訟における証言で始めて具体的に証言されていることにも留意する必要がある。すなわち、右の点からいうと、本件における同証言は、もとよりこれを虚偽とするまでの証拠もないが、同証人の立場からみて有利な弁解のために誇張されている可能性もまた否定することができず、少なくとも前記証言をそのまま真実として信用することも困難であるといわざるをえない。
3 このように、浜口証言もにわかに措信することができず、他にこの間の事実を確実に認定しうる証拠資料もない以上、本件事故の直接の原因と考えられる丸和二七号の船首モヤイ索の解放が、船頭浜口のその旨の指図によるか、または同人の依頼方法の不備に起因する本船甲板上の荷役作業員の誤解によるか、あるいはまた、船頭浜口の依頼が正しく確実になされたのに本船甲板上の荷役作業員が聞き違え、若しくは誤解したことによるか、についていずれも十分な心証を得ることができないことに帰する。したがって、船頭浜口の誤った依頼もしくは、明確でない依頼が本件事故の原因となったとの原告の主張、逆に船頭浜口の依頼に反したことが本件事故の原因となったとの被告の主張は、いずれも証明がなく、失当といわなければならない。
4 念のために付言するに、「船頭浜口が何らかの依頼をしたことは明らかである以上、その内容は船首、船尾いずれかのモヤイ索の解放を明確に依頼したか、あるいは依頼はしたがその内容は不明確であったかのいずれかのうちの一つでなければならず、右の三つの場合は互に両立しえないから、ある事実のない以上、これと矛盾する他の事実でしかありえないはずで、そのために、論理的にいずれかの一つの事実が確定されるのではないか。」との疑問は失当である。それは訴訟における立証責任の本質を理解しないものである。なぜなら、「ある事実の存在を証明しえなかった。」ということは、「これと矛盾する事実の存在を証明した。」ことにはなりえないからである。本件に即していえば、原告は本訴の、被告は反訴の、それぞれの請求原因事実として主張し、かつ立証責任を負担する事実につき立証不充分として排斥を免れないのであり、またこれをもって他方の反対主張事実の立証があったことにはならないというに尽きる。船頭浜口が果してどのような依頼をしたのか確定し得ない以上、前記のような結論もやむを得ないところである。
四 その余の本訴請求原因について
(一) 船首モヤイ索の緩め過ぎ(第三A三(一)3)
丸和二七号が本船に係留していたモヤイ索二本のうち、船首モヤイ索が本船五番ハッチと六番ハッチの中間付近のビットに係留されていたことは前認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、右モヤイ索の全長は五〇メートル前後で、これを緩めて七番ハッチまで後退すると右モヤイ索は殆ど一杯に引き出されて使用された状態になり、かつ本船七番ハッチと本船プロペラ間の距離はおおむね二〇メートル前後であることが認められるから船首モヤイ索を緩めたことは本件事故の原因たり得ないことは明らかである。よって、この点に関する原告の主張は理由がない。
(二) モヤイ索の解放確認(同三(一)4)
≪証拠省略≫によれば、船頭浜口が船首モヤイ索の放されたことに気が付いたのは、丸和二七号が七番ハッチより本船船尾方向へ流され始めてからであることが認められ、右事実によれば浜口はモヤイ索の解放された時点ではいずれのモヤイ索が離されたかを直ちに確認していなかったことが推認される。
しかし、船頭浜口が本船に係留していたモヤイ索(船首、船尾のいずれであるかを確定し得ないことは前記のとおりである。)を放すよう依頼した時期は、丸和二七号が七番ハッチに後退した後であることは先に認定したとおりであり、さらに後記の如く丸和二七号が流され始めてから本船プロペラに衝突するに至るまでの時間が極めて短時間であったことを併せ考えると、仮に船頭浜口がいずれのモヤイ索が放されたかを直ちに確認した場合、本船プロペラとの衝突を確実に阻止できたとも断定できないから、この点に関する原告の主張も結局理由がない。
(三) 艀二〇三号との関係(同三(一)5)
≪証拠省略≫によれば、丸和二七号と前記艀二〇三号は、本船側の移動指示がなされる以前から、両船同士を固定するためのモヤイ索を相互にとり合い固縛していたが、右移動指示に伴ない一旦七番ハッチへ後退するに際して、船頭浜口の依頼に基づき両船間のモヤイ索は艀二〇三号船頭加藤の手より緩められたことが認められる。
ところで、原告主張のとおり丸和二七号と艀二〇三号間のモヤイ索が固縛されたままであれば、艀二〇三号が本船との間に係留していた船首モヤイ索により、丸和二七号が本船船尾方向へ流されることを阻止できたであろう。だから、丸和二七号の船首モヤイ索が放され、曳航第二和丸の曳航力が生じていない、という状況がすでにあって、そのような状態で艀二〇三号とのモヤイ索を緩めたとすれば、これが事故の原因といえようが、他方丸和二七号と艀二〇三号との間のモヤイ索を固縛しておくことは、曳航の第一段階において曳船第二和丸に余分な負担をかけ、迅速な前進慣性をつけるための支障となるのであり、かつ七番ハッチに到達するまで船首側の本船との係留ロープがまだ放されてない以上は危険はないのであるから、本船とのモヤイ索が放される以前に艀二〇三号との間のモヤイ索を緩めるよう依頼した船頭浜口の右措置はむしろ当然であり、これをもって過失と解することはできない。よって、この点に関する原告の主張も理由がない。
(四) 緊急措置(同三(一)6)
本件事故発生当時、東北東方向より風速毎秒一〇メートル前後の強風が吹いていたことは当事者間に争いがなく、船頭浜口が本船モヤイ索の解放を依頼したのは丸和二七号が七番ハッチまで後退した後であることは前認定のとおりである。そして、≪証拠省略≫を総合すると、本船七番ハッチと本船プロペラ間の距離はおおよそ二〇メートル前後であることが推認される。各事実を併せ考えると、丸和二七号が七番ハッチより流され始め、本船プロペラに衝突するに至るまでの時間は、証人浜口住夫が述べる二分ないし三分も要したものとは到底解されず(証人加藤鈴男の証言からも、右の時間はもっと短時間であったことが窺われる)、極めて短時間のうちに本件事故が発生したものと推認される。
そうすると、丸和二七号が本船船尾方向へ流され始め、船首モヤイ索が放されたことに船頭浜口が気付いてから、本件事故発生に至るまでの間には、有効な緊急措置をとる時間的余裕は殆どなかったものと解されるから、この点に関する原告の主張も、その前提を欠き理由がない。
(五) 曳船第二和丸の出力(同三(二)1)
≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。
「1 曳船第二和丸は、総トン数四・九トン、出力九五馬力のディーゼル・エンジンを搭載し、最大速力は全速七ノット、半速五ノット程度あり、最大積載重量三〇〇トンの丸和二七号級の艀であれば二隻を同時に曳航できる位の曳航能力を有している。
2 曳船第二和丸と丸和二七号との間の曳航ロープは、丸和二七号が七番ハッチまで後退した後に係留され、曳船第二和丸船長山口善満は丸和二七号の本船モヤイ索が解放されるまでの間、曳航ロープがたるまない程度に半速ヱンジンをかけながら待機していた。船頭浜口は丸和二七号が流されはじめたので船首モヤイ索が解放されたことに気づき、直ちに同船の船首に走り懐中電灯により全速前進の合図をした。船長山口は直ちに第二和丸に全速ヱンジンをかけたが、右全速ヱンジンによる前進惰性がつくまでには若干時間を要するところ、既に丸和二七号は本船船尾方向へ流され始めており、曳船第二和丸の前進力が発揮されない間に丸和二七号は本船プロペラと衝突し、その船体にプロペラが喰い込んだため曳航不能に陥った。」
以上の事実によれば、曳船第二和丸が丸和二七号を曳航できなかったのは、その曳航能力の不足に基づくものであるとはいえないから、この点に関する原告の主張も理由がない。
(六) 曳船第二和丸船長の協議、指示、確認等の義務(同三(二)2)
≪証拠省略≫を総合すると、一般に曳船は艀側の要請に基づき、その要請に従って忠実に艀を曳航すべき責務を負うにとどまり、艀側をとくに指揮監督する立場にあるものではないこと、したがって本船と艀との間に係留しているモヤイ索の着脱等に関しても曳船側より干渉することは原則としてないことが認められるから、本件においても船長山口が丸和二七号と本船間のモヤイ索或いは艀相互間のモヤイ索着脱の手順等につき指示、命令をなすべき義務を負っていたものとはいえない。
丸和二七号が六番ハッチから七番ハッチに後退するまでの同艀、艀二〇三号本船各相互間のモヤイ索操作、七番ハッチ附近に到達してからの丸和二七号と艀二〇三号とのモヤイ索の緩和操作につき、前記のとおり過失ありとはいえない以上、第二和丸船長山口善満が、この点につき協議確認をしなくても、これと本件事故との間に因果関係ありとはいえない。
七番ハッチ附近での本船と丸和二七号との船首モヤイ索の解放は、艀操作上通常生起すべき事態ではないし、第二和丸船長山口善満が丸和二七号に対し指示命令をすべき地位にないことを併せ考えると、同船長につきかゝる操作をしないよう事前に丸和二七号と協議する義務ありとはいえない。
つぎに解放操作の当事者でない同船長において相当の注意を払えば、船頭浜口の懐中電燈による全速前進の合図以前に解放の事実を確認し、直ちに全速前進して本件事故を防止し得たとは、当時の周囲の暗さ、風速、衝突までの経緯等に徴し、断定し難いところである。よって船長山口にその不確認の不注意があったとしても、これと本件事故との間に因果関係ありとはいえない。
よって原告の右主張も理由がない。
(七) 助手派遣の必要性(同三(三))
≪証拠省略≫によれば、一般に艀と本船間の係留モヤイ索の着脱は、本船甲板と艀甲板との高低差が数メートル以上もあるため、とくに本船甲板上より縄梯子でも降ろされていない限り艀船頭が単独でこれを行なうことは事実上不可能であり、殆どすべての場合慣行として本船甲板上の船内荷役作業員または本船乗組員が艀船頭の依頼に基づきこれを行なっていること、艀運送会社には通称「艀廻し」と称する艀相互間の連絡配船指示の伝達等を担当する連絡員が配置されているが、右艀廻しは前記モヤイ索着脱等の荷役現場の業務に関して艀船頭や曳船船長の補助をなすべき職責を有するものではないことが認められる。
右の事実によれば、一般に本船と艀間のモヤイ索着脱は、本船側の協力がある限り艀側においてとくに助手を要する程複雑、困難な操作とは解されず、さらに前記のとおり本件の如き状況下においても本船と丸和二七号との間のモヤイ索解放の手順が正確に行なわれればとくに危険はなかったことをも併せ考えると、被告の艀運航担当者が本件において丸和二七号或いは曳船第二和丸に助手を乗務させなかったこともって過失と解することはできないから、この点に関する原告の主張も理由がない。
五 その余の反訴請求原因について(第四A(三)1ないし4)
(一) 本船プロペラ回転の速度
1 丸和二七号が本船プロペラと衝突した際、右プロペラが回転していたことは当事者間に争いがない。
2 ≪証拠省略≫によれば、蒸気タービン推進機関を備えた船舶が碇泊中にプロペラを回転させる場合としてトライヱンジン、スピニング、ターニングの三種類があること、これらはいずれも原理的には、蒸気タービン機関各部を構成する種々の異なった材質が膨張係数および熱の伝達率をも異にすることから生ずる不同膨脹に伴なうひずみの軽減および水滴(ドレン)発生の防止等を主眼として行われること、このうちターニングは主機回転装置(電動機モーター)によりプロペラに直結しているタービン推進軸を八ないし一〇分間に一回転という低速で回転させつつタービン車室へ蒸気を送るものであり(ターニングには、始動前のタービンを徐々に加熱するための暖機と停止後のタービンを徐々に冷却するための冷機の二種類がある)、トライヱンジンおよびスピニングの両者は、いずれも出港直前に、主機回転装置をはずし、前進および後進タービン推進軸を交互に回転させ(その回転速度は、スピニングの場合毎分五ないし六回転、トライヱンジンの場合毎分二〇ないし三〇回転)、暖機の目的と併せて機関、推進器が使用可能か否かを調整確認するものであることが認められる。
3 前記のとおり本件事故は五月一三日午後八時頃発生し、本船が翌五月一四日午後一〇時四五分出港したことは当事者間に争いがないから、時間的にみて前記プロペラ回転がトライヱンジンまたはスピニングによるものであったことはこれを否定せざるを得ない。
4 被告は衝突時プロペラはオートスピニングで回転していた旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、いわゆるオートスピニングとは、前記暖機もしくは冷機のためタービン停止の場合に前進、後進蒸気弁を一定時間の間隔をおいて自動的に開閉し、タービン推進軸を毎分五ないし一〇回転させておくものであるが、右オートスピニング装置を備えた蒸気タービン船は過去数年間の技術革新期以後に建造されたものに限られていること、本船のタービン推進機関は一九五七年ベスレヘム・スティール社製のクロス・コムパウンド(横並び高低圧)型で、右技術革新以前の旧型に属することが認められるから、被告の右主張は採用の限りでなく、結局本件事故発生時における本船プロペラの回転はターニングであったと推認する他はない。
(二) プロペラの回転と本件事故との相当因果関係
1 ≪証拠省略≫によれば、暖機もしくは冷機のためのターニングは、碇泊中の全時間を通じて行われる必要はなく、本船のように技術革新以前のタービン機関(そのボイラーは、コンバスチョン・ヱンジニアリング社製で蒸気圧力四九・二キロ、温度四六三度)においては、タービン始動前もしくは停止後いずれも数時間をもって充分その目的を達し(技術革新以後の高温、高圧化したタービン機関においては、その所要時間は一層短時間で足りる)、右時間以上にこれを行なっても効果のないことが認められる。そして、本件事故は前記のとおり本船の着岸後約一〇時間、出港前約二六時間の時点で発生したものであることが明らかであるから、本件事故発生時におけるターニングによるプロペラ回転はその必要性を欠いていたのではないかとの疑念が存する。もしその回転のゆえに丸和二七号が損傷を受けて転覆するような事故に至ったと認められるなら、本船が必要もないのにプロペラを回転させていたことが本件事故発生の原因といいうるので、この点について検討を要する。
2 ≪証拠省略≫によって認められる本船プロペラの損傷部位および≪証拠省略≫によって認められる丸和二七号の損傷状態からすると、本船のプロペラはその一翼が丸和二七号の船底に船の左右方向にかなり深く喰い込んでプロペラの先端部分が折損していることが認められるけれども、他方前記認定事実と≪証拠省略≫によれば、本件事故により損傷を受けた本船プロペラは四翼中の一翼のみで他の翼が丸和二七号の船底と衝突した形跡はみられないこと、本船プロペラの直径は六・七メートル、丸和二七号の船底の深さは四メートルであるところ、本船のターニングによるプロペラ回転速度は一〇分間に一回転という極めて低速で衝突の瞬間からみるとほとんど停止状態と変らないことが認められるのである。
右事実によれば、丸和二七号の受けた損傷はプロペラの回転力によるというよりも、丸和二七号が風に押し流されて本船プロペラと衝突した際の丸和二七号の慣性による衝撃力が主原因であったと考える余地が十分あり、右の疑問が解決されない以上丸和二七号の損傷がプロペラの回転に基づくものと認定するに足りない。
3 ≪証拠省略≫によれば、丸和二七号は本船プロペラに衝突後、右舷側へ徐々に傾き最大約四五度の傾斜に至った結果、既に積取ってあった原木多数が海中に転落したことが認められ、この点につき土居鑑定人はターニングの如き微弱な回転力により丸和二七号の如き大型艀を持ち上げることは不可能である旨述べるが、右は静止した艀を想定してプロペラの回転力との相関関係を説明したものと解されるのであり、プロペラに衝突する艀の速度、衝突角度、艀自体の有する浮力、衝突により艀船底に生じた損傷箇所からの浸水に基づく艀の安定度の欠如等の要因をも考慮すると、プロペラの回転力によって丸和二七号の船体が傾いたとは必らずしも断定することができない。
4 右のとおり、丸和二七号の船体損傷および傾斜が本船プロペラの回転に基づくものと認定することができない以上、本件事故発生時におけるプロペラ回転の当否その他右に関する本船側の措置の当否等を検討する前提を欠くこととなるから、その余の点について判断するまでもなく、本船プロペラの回転に関する被告の主張はすべて理由がないことに帰する。
六 結論
以上判示のとおり、原告、被告双方の主張する相手方被用者の過失ないし行為と本件事故との因果関係はいずれもこれを認めるに足りないから、本訴請求については抗弁について判断するまでもなく、反訴請求についても、いずれも請求棄却の結論となる。
よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沖野威 裁判官上谷清は転官、同大沼容之は転補につき、いずれも署名捺印できない。裁判長裁判官 沖野威)